アジアンドキュメンタリーズ 伴野 智さん

ドキュメンタリーの新しい文化を作る

インタビュー・文・写真=堀行丈治(ぶるぼん企画室)

テレビの限界から脱して、新たなジャーナリズムを

――ドキュメンタリーにはどんな価値があるのでしょうか。

ドキュメンタリーは、膨大な素材の中から「何を伝えて何を捨てるのか」を選んで編集していくもの。また、作品の「裏のテーマ」を描くことも大切です。

「硫黄島の戦い」のドキュメンタリーでは、「名誉の再会」という行事を取材しました。実際に戦場で戦った日本軍の兵士と米軍の兵士が硫黄島で仲直りの握手をするという取り組みが行われていました。取材したのは、互いに高齢化して最後になるかもしれないという名誉の再会でした。日本側の元兵士、つまり硫黄島の戦いの生還者は、「なぜ自分は生き残ってしまったのか」と自責の念に苛まれ、肩身の狭い思いをしていました。米国では、退役軍人や戦没者、遺族はみな、敬意と感謝の対象です。傷を負った人を社会全体で支えています。日本にはそういうものがないのです。「死ななければいけない」という価値観が、戦争への理解をゆがめ、生きて帰ってきた人たちが傷つき苦悩する現状を映像で追いました。

ところが、戦後70年経ても癒えない深い傷は、あまりにセンシティブな問題だということでカットされた部分が多くありました。

――本来であればそれを描くのがジャーナリズムであり、ドキュメンタリーなのではないですか。

テレビ局は放送する内容に責任を負います。それを描くことで偏ったものになると、「公平公正さを欠くことになりかねない」と恐れているのです。制作した番組を「客観的に証明できるのか」と。

――テレビの限界なのでしょうか。

波風が立つような内容になると「それはテレビでは出せません」「そこは問題の本質ではない」と、取材もしていない人がジャッジをしています。現実を見ないふりをして、美談だけを追いかける。企業経営の立場では冒険をする必要がないので、穏便な方を選ぶのです。それで攻撃されても何一ついいことはありませんから。

これはもう、自分で判断して、自分の責任のもとにやるしかない。世の中に配信というものが出てきて、これなら自分でもできるのではないかと思い、アジアンドキュメンタリーズを立ち上げました。

今は、海外制作のドキュメンタリー映画を買い付けて配信していますが、近い将来、テレビでは放送されなくなってしまった題材のドキュメンタリーを自社で製作し、配信することを目指しています。

日本人が今知るべき「アジアの真実」