アジアンドキュメンタリーズ 伴野 智さん

ドキュメンタリーの新しい文化を作る

インタビュー・文・写真=堀行丈治(ぶるぼん企画室)

アジアの優れたドキュメンタリー映像を配信する「アジアンドキュメンタリーズ」。戦争、貧困、環境、人権など、アジアの社会問題に鋭く切り込んだ作品群は、数ある動画配信サービスの中でも異彩を放つ。設立から3年、日本に新しい映像文化をもたらす同社の社長、伴野智さんにドキュメンタリーの魅力や将来像ついて語ってもらった。

本質よりも忖度が優先する、マスメディアの危機

――映像業界の花形的なポジションにいた伴野さんが、リスクを背負ってまで事業を起こしたのはなぜですか。

既存のマスメディアでは「本当に伝えなければならないこと」がなかなか伝えられないという思いがありました。ドキュメンタリー番組を制作していると、問題の本質に触れる部分でさえ、プロデューサー判断で「ここはカットしましょう」と削られることがあります。いわゆる忖度です。真実を追求し、深層にある問題点は何なのかを伝えたいと望んだとしても、伝え手の側にいくつものハードルがあるのです。業界の人はみんな分かっているはずなのに、ジャーナリストも気づいているのに、黙っている。そういう思いが蓄積されていました。テレビへの疑念ですね。作品の持つ意味、真理よりも、企業の論理が優先するのです。

例えば、ある地方局の編成幹部は「原発問題は非常に扱いづらい。電力会社がスポンサーだから」とおっしゃるわけです。報道が広告媒体になっている。ニュースでは祭りのレポートや店の紹介が増え、地方の政治や行政、タブー視されがちな社会問題に鋭いメスを入れる調査報道が減っていると感じます。

――本来報道機関として機能すべき地方の報道局が体をなしていないということですね。

在京キー局も決して安泰ではないと思います。前職では映像制作部門の管理職として採用面接にも立ち会いましたが、「ドキュメンタリーを作りたい」という若者に理由を尋ねると、「被写体をカッコよく見せたい」「憧れのスポーツ選手や俳優をカッコよく撮って、その人に喜んでもらいたい」と、ほとんどの人がそう言います。それはドキュメンタリーではなくプロモーション映像なのですが、そう指摘しても彼らには理解できません。映画やドラマを作りたいという人に「ドキュメンタリー映画を知っているか」と問うと、「歴史上の人物をモデルにした映画ですよね?」と答えます。実在の有名人をモデルにした映画、大河ドラマのようなものだと思っています。映像の世界を目指している若者でさえドキュメンタリーの認識がずれている。そういう状態が何年も続いています。「社会に対して問題提起する作品をこの世に出していこう」という空気がどんどん小さくなっています。

日本のドキュメンタリーが置かれた状況