需要減をきっかけに辿り着いた「利益を生み出す方法」

――その頃はプリント作業を外注していましたよね。自社でプリントするようになったのは、どんな理由からですか。
オーダーユニフォームを「営業して売り上げを作る」ことに踏み出して1年も経たないうちにリーマンショックが起きました。需要が激減して、営業に行っても売り上げが立たないんですよ。広島県は全域、岡山県にも営業に行っていましたから、動けば動くほどお金がかかります。動かなくてもすむような方法を考えなければならかなったのです。
このまちで売り上げをつくるために、チラシを持って懸命に歩きました自社プリントを始めたのはその頃です。需要が減って、会社にいる時間が長い。それなら無理をしてでも設備を入れて、内製化していこうと。そこに利益がたくさんありました。外注費を払っていたものが、材料費だけで済む。昼間に営業して、夜は自分でプリント加工すれば、儲けになるんですよ。設備投資という大きなお金は必要でしたが、可能性を見つけることができました。他に利益を生み出す方法が見つかりませんでしたから、迷いはなかったですね。もう、これしかないと。
――その後は順調に業績が伸びていきましたね。
僕自身はピンチをチャンスに変えたつもりはなくて、いつもピンチ。昔からそういう意識でいます。人よりもできる男じゃないですから、常に危機感を持っています。
まずは収入が必要だから稼ぐわけであって、たとえば月に50万円稼げたらもう十分だというのであれば、そこで終わってしまいますよ。そこから先は突き詰めると「家族のため」なのだと思います。まずは子どもたちに順調に成長してほしいということ。次に両親。サラリーマンを辞めて独立した時、いちばん心配したのは両親でした。両親に安心してもらうには、それなりに安定した収入を得て、円満な家庭を築かなければ。そのためにも売り上げをもっと伸ばしたいという思いでした。