US-SAIJO 古谷博史さん

逆境をビジネスチャンスに変える

インタビュー・文=堀行丈治(ぶるぼん企画室)、
写真=吉田依未(cache-cache coucou)

誰も受けない仕事にチャンスがある

――ピットシャツが看板商品になりましたよね

オリジナルユニフォームで最初のヒット商品です。営業に回る中で「こんなシャツはないか」という問い合わせがあったんですね。お客様が海外で手に入れたピットシャツだったのですが、それを輸入するのは難しかった。そこで「オーダーで作りましょう」と、オリジナルピットシャツの販売を始めました。

――ヤマハ発動機に納入していたのを覚えています。

こんな小さな店にヤマハが発注することなんて、常識的に考えたらありえません。最初は4種類のサンプルを2週間で作れないかという相談でした。広島の片田舎の小さな店に電話があるということは、どこも引き受けないということ。それならばと注文を受けましたが、2週間で作り上げるのは、並大抵のことではないんです。生地を仕入れる、型紙を起こす、デザイン、プリント、裁断、縫製、それを静岡に納品するのですから。プリントは対応してくれる会社が九州に1社だけありました。型紙と縫製の会社は福山、生地の仕入れは名古屋。名古屋から九州に生地を送りましたが、すぐには動いてくれません。頼み込んで、僕もプリント作業を手伝いました。その生地を夜中のうちに裁断し、縫製工場に持ち込んで、なんとか縫い上がった。そして静岡県磐田市のヤマハまで持参したんです。

――やり遂げられた理由は何だと思いますか

従業員に「挑戦する社長の姿勢」を見せたかったんですよ。約束を守るということは、命がけでやることだと。直接持参することで、自分の顔、会社の姿勢を相手にアピールしたいという思惑もありました。でもこの話は一度蹴られたんです。「お宅はサンプルを縫うだけです。ありがとうございました」と。海外にいくらでも工場がありますから。

――それはつらいですねどう巻き返していったんですか。

窓口になってくださった方と2時間くらいしゃべって帰りました。何か通じ合えるものが見つかったのでしょうね。後日電話がありました。「古谷さん、チャンスです。4着を2週間で仕上げたことを評価しています。こんどは1カ月で200着仕上げられますか?それができるのなら、私たちも御社との取引口座を開きましょう」と言われたんです。

僕らのような地方零細企業が作業服屋として生き残っていくには、誰も受けないような仕事を受けるしかない。いただいたお話は、受けて確実にこなす。これがオーダーユニフォーム事業を軌道に乗せることができた要因だと思っています。

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